3インチユニットPM-M0841CKを用いたバックロードホーンの製作

長岡鉄男氏で有名なバックロードホーンには以前から興味がありましたが、通常の密閉型やバスレフ型に比べて大型になってしまうため、製作を躊躇していました。4インチクラスのユニットでも、例えぱFOSTEXのFE103NV2の作例では、170W x320D x880Hの大型サイズで床置きになってしまいます。
今回、コンパクトサイズのバックロードホーンの作製のために、4インチユニットは諦めて、3インチユニットでチャレンジしてみました。

f:id:soundlabtune:20240129121248j:image<製作した完成品の画像>

1) 設計方針
3インチユニットであっても幅広いジャンルの音楽を鑑賞できるように、ワイドレンジな本格的スピーカを作りたいと思っています。

•ブックシェルフのサイズの小型スピーカ
•3インチユニットであっても、60Hzくらいまでの低音再生
•可能な限りフラット なSPLの周波数特性(高音域でのSPL特性はユニットの素の特性でほぼ決まってしまいますが、、、)

3インチのスピーカユニットとしては、PM-M0841CKを使います。以前、このスピーカユニットを使用したダブルバスレフ型スピーカを製作して、11kHz付近にブレイクアップピークが有るものの、その実力を確認しています。
https://soundlabtune.hatenablog.com/entry/2023/02/01/084432

なお、このスピーカユニットは、Amazonで入手できる大変コストパーフォースの高いユニットでしたが、現在は、残念ながら販売していないようす。

2) ホーン形状によるSPLの違い

今回の設計では、”フラット なSPL周波数特性”を目指しています。バックロードホーンのホーン形状は、エクスポネンシャル的に広げるのが通常です。コニカル的或いはパラボリック的に広げるとSPLはどうなるのでしょうか?単純なモデル化を行い、SPLの違いをシミュレーションしてみました。スピーカユニットはPM-M0841CKです。

スロート断面積を17cm2、バックキャビティは0.9L程度、ホーン長は約120cm、エンクロージャーの外形はブックシェルフサイズ の134Wx250Dx350Hとしました。ホーンの広げ方は色々考えられるので、ほんの一例になりますが、ホーン形状を変えたSPLシミュレーション結果を示します。

f:id:soundlabtune:20240123145140j:image〈エクスポネンシャル、コニカル、及びパラボリック的ホーン形状でのSPLの違い〉

エクスポネンシャルとコニカルではホーン形状はだいぶ違いますが、SPLは100Hz以上でのピーク高さに多少の違いがある程度で、本例では全体的にはさほど変わりません。一方、パラボリック的なホーンでは、他のホーン形状で音圧が高くなる100Hz〜300Hzでは2〜5dB低く、200Hz前後のディプでは5dB程度浅くなりました。また、100Hz以下では音圧がなだらかに低下して、低音域も少し伸びているようです。このため、本例のパラボリック的なホーンでは、低音域が伸び、しかも音圧は相対的にフラットな傾向になっています。これまでの経験では、パラボリック的なホーンの方が、総じてエクスポネンシャル的よりも、最低音域での音圧は高くなります。

 3) バックロードホーン BLH PL-lineのエンクロージャーの設計

今回製作するスピーカは、”フラット なSPL周波数特性”を目指しているので、余り前例の無いパラボリック的なホーン形状にチャレンジしました。このホーン形状をBLH PL-line (Back Loaded Hone with Parabolic-Like line)と名付けることにします。

基本的なスペックは、スロート断面積17cm2、バックキャビティ0.88L、開口面積63cm2、ホーン長は約121cmです。このホーンの基本共振周波数は約71Hzになります。

今回設計したバックロードホーン BLH PL-lineのエンクロージャーの3Dイメージを示します。

f:id:soundlabtune:20240123150330j:image〈設計したBLH PL-lineエンクロージャーのイメージ画像〉

スピーカユニットPM-M0841CKのバッフル板への取付けには、以前使用した実績のある市販の3インチグリル用固定枠を用います。また、バッフル板の固定には、吸音材の調整やスピーカユニットの交換ができるように木ネジを使用しました。

4) BLH PL-lineスピーカの製作と初期特性

エンクロージャー材料としては、12mmのMDFボードを使用しました。

ほぼ予定した通りに製作できました。組み立て後の外観画像を示します。(塗装は周波数特性の評価後に実施)

f:id:soundlabtune:20240123150252j:image〈製作したバックロードホーン〉

早速、作製したばかりのBLH PL-lineの特性を測定してみました。吸音材は入れていません。

まずは、ユニット軸上30cmでのSPL の周波数特性、及びインピーダンスの周波数特性を調べました。

f:id:soundlabtune:20240123150655j:image〈SPLとインピーダンスの周波数特性; 吸音材無し; 1/12oct smoothing〉

SPLの周波数変化は、吸音材を入れていませんが、シミュレーションと概ね類似していました。SPLレベルは少し下振れ傾向にはありますが比較的平坦で、また約200Hzや450Hzでのディップの位置や深さも大凡合っています。しかし、最低音域でのSPLは70Hz近傍から急速に小さくなっており、シミュレーションの55Hzとは約15Hz程の違いがありました。

シミュレーションは、実際とは違う所もありましたが、バックロードホーンの設計には欠かせないと感じました。

一方、インピーダンス変化を見ると、インピーダンスの谷は、約76、165、281Hzの所にあり、多少のズレはありますが、それぞれ基音、2倍音、4倍音の共鳴に相当していると思われます。今回のパラボリック形状であっても、典型的なバックロードホーンの共鳴特性になっているようです。

なお、2000Hz以上でのSPL特性変化は、スピーカユニットPM-M0841CKの特性を表しています。前回の使用で欠点と思われた11kHzでの音圧ピークは、このユニットでは比較的低く抑えられていました。ユニットによって少し個体差があるようです。

5) Near Field特性 

吸音材を入れない状態で、ユニット、並びに開口部でのNear Field特性を測定をしてみました。

f:id:soundlabtune:20240123153249j:image〈ユニットと開口部でのNear Field特性; 吸音材無し〉

ユニットのNear Field特性では、ホーンの共鳴周波数に対応したディップが、約73, 170, 270Hzに見られています。(インピーダンスの谷に対応)

また、開口部のNear Field特性では、これまで見られた基音、2倍音、4倍音に相当する73Hz、180Hz、並びに10dBを超える 290Hzでの共鳴ピークの他に、多数の非常に強い高次共鳴ピークが見られます。これらは全て、基音の偶数倍の周波数になっていました。なお、1260〜1800Hzに見られる一連の音圧の主体は、音道内部で発生した定在波と思われます。

今回のバックロードホーンで観察された共鳴ピークについて考えてみます。
一端が開いた閉管(共鳴管)では、閉端が空気振動の節に、開口部が腹になるので、管の長さをLとすると、その基音の周波数fは、f=344/4Lとなります。ホーン長は約121cmなので、一端が開いた閉管であれば、基音の周波数はf=71Hzで、今回のバックロードホーンの基音73Hzとほぼ一致しています。
一方、観測された基音の倍音は、2倍音、4倍音などの偶数倍の周波数、344/4L*(2n)、n=1, 2, 3•••のみで、これは両端が開いた開管の振動モードです。スロート部と開口部は共に空気振動の自由端なので、振動の腹になっているようです。
このように、今回のバックロードホーンでは、基音は、一端が閉じた閉管(共鳴管)の共鳴ですが、その倍音は、両端が開いた開管で生ずる偶数倍での共鳴になっています。倍音が、基音の奇数倍である共鳴管とは全く違う振動様式です。

吸音材のない状態で、馴染みのモーツァルトのピアノ協奏曲などを聴いてみると、周波数特性から受ける荒々しいイメージとは異なり、マイルドでワイドレンジな印象です。男性、女性の声も籠ることなくクリアです。ただ、300Hz付近に代表される高次共鳴ピークのホーン的な響が気になりました。

今回のバックロードホーンの設計では、クロスオーバー周波数を188Hzに設計しましたが、この周波数を超えて発生する高次共鳴ピークは音質の妨げになるので出来るだけ抑制したいところです。

6) 吸音材による高次共鳴ピークの抑制

開口部でのNear Field特性に見られた非常に強い高次共鳴ピークを抑制するために、吸音材の配置を検討しました。主な配置場所としては、①音道の中間部、②空気室、③スロート部、並びに④開口部、です。

これらの場所に吸音材を配置して、開口部でのNear Field特性の違いを調べました。

f:id:soundlabtune:20240123152002j:image〈吸音材の配置による開口部でのNear Field特性の違い〉

① 音道の中間部
破線は、音道の中間部に吸音材を配置した場合です。青色で示した吸音材の無い場合に比べて、全ての共鳴ピークは低周波数側に移動しています。ただ、2倍音での変化は少ないです。この吸音材によるピーク周波数の低下は、通常のエンクロージャーと同じです。
一方、共鳴ピークの強度をみると、最低音域の再生に重要な基音と2倍音ピークへの影響は1dB程度と小さいですが、それ以降の高次の倍音ピークは、4〜6dBと大きく低下しています。1260〜1800Hzに見られる一連の定在波でも、10〜18dBと劇的に低下しています。このように、音道中間部に吸音材を配置すると、高次共鳴ピークや定在波の抑制に非常に効果的な事が分かります。

もう少し詳しく共鳴ピークの変化を見ると、基音と4倍音、さらに高次の偶数次ピークに比べて、2倍音では、低周波数側へのシフトや音圧低下は殆どありません。これは、2倍音、6倍音など、(2n)、n=1, 3, 5•••、で表記される倍音では、音道の中間部は、 空気の振動が生じない節に当たりますが、次数が増えるに連れて節と腹が近接します。2倍音での間隔は60cmですが、6倍音では20cmしかありません。このため、音道の中間部に配置した吸音材で、偶数次倍音であっても、2倍音以外では、空気の振動が抑制されて共鳴ピークが大きく低下するものと考えられます。

②空気室
茶色で示した特性は、音道の中間部と空気室とに吸音材を配置した場合です。基音のピーク位置は殆ど変わりません。2倍音では、音圧変化はありませんが、低周波数側に5Hz程度大きくシフトしています。この他の共鳴ピークでは主に音圧が、1〜3dB程度低下しています。
このように、空気室内部への吸音材の配置は、音道の中間部への配置に比べると効果は少ない印象ですが、最低音域の再生に重要な基音と2倍音に対して、基音には全く影響を与えずに、2倍音のピークのシフトだけに影響を与える、ことが大きな特徴です。
③スロート部
空気室と繋がるスロート内部に吸音材を入れると、共鳴ピークの低下度合は、2倍音(-4dB)>4倍音>基音≒高次偶数次ピーク、となりました。
スロート部への吸音材の配置は、最低音域の再生に重要な、基音と2倍音の共鳴ピークにも大きく影響を与えるので、吸音材の量や種類を慎重に検討する必要があります。
④開口部
開口部に吸音材を入れると、その量と種類にもよりますが、全体的にSPLが大きく低下する場合がありしました。

以上の検討から、最低音域の再生に重要な基音と2倍音の共鳴ピークは出来るだけ低下させずに、高次の共鳴ピークを減衰させには、吸音材を「音道の中間部」、「空気室内部」や「スロート部」に適切に配置することがポイントになりそうです。

なお、吸音材の検討に当たり、バッフル板を取り外しできるようにしたのは、大正解でした。

7) 吸音材によるユニット軸上30cmでの SPLの周波数特性の違い

吸音材の配置によって、開口部からの音圧特性が大きく変わりました。この時のユニット軸上30cmでのSPL の周波数特性の変化を調べました。

f:id:soundlabtune:20240124095759j:image〈吸音材の配置の違いによるユニット軸上30cmでの SPL周波数特性〉

開口部からの音圧を反映した周波数特性変化が見られました。
1)音道の中間部に吸音材を入れると、基音並びに4倍音、6倍音、、、ではピークが小さくなっています。2倍音は全く変わりません。200Hz近傍の大きなディプの形状も殆ど変わりません。
2) 更に、空気室にも吸音材を入れると、基音並びに2倍音、4倍音の共鳴ピークは殆ど変化しませんが、200Hz近傍の大きなディプでは、開口部での2倍音ピークの低周波数側へのシフトを反映して低周波数側にずれ、形状にも変化が見られます。
3) 更に、スロート部に吸音材を追加すると、最低音域の再生に重要な基音と2倍音の共鳴ピークは2dB以上低下して、4倍音以上の高次共鳴ピークも減少しています。200Hzのディプは浅くなりますが、ディプ幅が広がっています。
スロート部への追加前に比べて、全体的にSPL特性が悪化していますが、吸音材の量が多すぎるようです。

以上の吸音材の配置を基にして、更に吸音材の微調整を行いました。調整方針としては、最低音域の再生に重要な基音と2倍音の共鳴ピークは出来るだけ低下させずに、200Hz近傍のディップをできるだけ浅く、狭くなるようにすることです。

音道の中間部の吸音材はそのままにして、空気室とスロート部の吸音材の種類と量を調整しました。最終調整前後でのユニット軸上30cmでのSPL の周波数特性を示します。

f:id:soundlabtune:20240124100159j:image〈吸音材の最適化によるユニット軸上30cmでの SPL周波数特性、1/12oct smoothing〉

200Hz近傍のディップ は少し深くなりましたが、幅は狭くなり、また、2倍音、4倍音の共鳴ピークは2dBほど高くなりました。
吸音材の最適化により、より平坦な音圧特性に近づきました。

参考までに、吸音材の無い場合と比較して、この吸音材の最適化後の開口部とユニットのNear Field特性を示します。

f:id:soundlabtune:20240123152559j:image〈吸音材の最適化による開口部でのNear Field特性の違い〉

8) SPLの軸外、並びに1/3oct smoothingによる周波数特性

吸音材最適化後のユニット軸上30cmの軸上、及び軸外15°、及び30°でのSPL周波数特性を示します。

f:id:soundlabtune:20240123152717j:image〈最終的なユニット軸上、及び軸外(15°、30°)のSPL周波数特性、1/12oct smoothing〉

200Hz近傍の深いディップ 、10kHz近傍のブレイクアップピークが目に付きますが、当初の目標に近いSPL周波数特性が得られています。ユニット軸外特性は、30°では10kHz以上で急激にSPLは低下しますが、 15°では軸上特性と殆ど変わりません。

以上のSPLの周波数測定では、スムージングは1/12oct を使いました。人の聴覚分解能に近い1/3octの場合ではどうでしょう。

f:id:soundlabtune:20240123154320j:image〈ユニット軸上30cm、100cmでの1/3oct smoothing でのSPL周波数特性〉

ユニット軸上30cmでは、1/3oct smoothingによって鋭いピークやディブは丸められて、より平坦な特性になっています。ユニット軸上100cmでは、測定環境のためか1/12oct smoothingでは特性が暴れてしまいますが、1/3 oct smoothingではキチンと評価できているようです。ユニット軸上のマイク位置がユニットから離れるほど、マイクから見た開口部とユニットとの距離の差は縮まります。このため、相対的に開口部からの音圧が高まり、低音域では2dB程度高くなっています。また、200Hz近傍のディップ は浅く幅は小さくなり、更に10kHz近傍のブレイクアップピークは4dB程度小さくなっています。このため、全体的にフラットな傾向になっています。
このユニット軸上 100cmでの1/3 oct smoothingの周波数特性が、実際のリスニング状況に一番近いものと思われます。

9) 最終的なSPLの周波数特性

ユニット軸上100cmでの1/3oct smoothing での最終的な SPL周波数特性及びインピーダンス特性を示します。

f:id:soundlabtune:20240123152801j:image〈ユニット軸上100cmでの1/3oct smoothing でのSPL周波数特性、並びにインピーダンス特性〉

当初のシミュレーションから予測されたSPL特性と比較すると、
最低音域の肩特性以外は、ほぼシミュレーション通りになっています。

200Hz近傍の14dB程度の深いディップ が気になりますが、シミュレーションからも予想されていたものです。これは、今回のパラボリック音道に固有のものではなく、程度の違いはありますが、特に小型のバックロードホーンでは付き纏う特性のようです。FOSTEXのバックロードホーンの作例でも、しばしば見受けられます。

また、3〜8kHzでの幅広いディップも少し気になりますが、これはある意味、スピーカユニット PM-M0841CKの個性かと思います。この周波数帯域では、スピーカユニットの振動板とエッジが逆共振して、発生する音を打ち消し合っているようです。

160〜240Hzでのディップを除けば、 60〜20kHzの周波数範囲でのSPLの変動は、±5dB 程度には納まっています。

実際に音楽を聴いてみると、吸音材のない時に気になった共鳴ピークによるホーン的な響きは全くありません。また、キンキンする音は無く、人の声も自然で、聴きやすい音質です。60〜70Hz程度からの低音の下支えがあるためか、音の広がりや、スケール感さえも感じられます。

ベートーヴェン交響曲を聴くと、その雄大さが実感出来ました。また、ジャズを聴いても全く不満がありません。

3インチスピーカ、侮る無かれ!

<終わり>

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<補足>
測定データを元に、ユニットと開口部の位相変化 に注目して、200Hz近傍でのディップの生成について考えました。


f:id:soundlabtune:20240123155556j:image〈ユニットと開口部の位相変化による200Hz近傍でのディップの生成〉

ユニットと開口部からの音の位相を調べると、ユニットの位相は、基音70Hz以下の低周波数から6倍音の450Hz付近まで変わりません。一方、開口部からの位相は、ユニットの位相に対して、基音より低い周波数では逆相、基音から2倍音の150Hz付近までは同相ですが、150Hz付近から4倍音の260Hz付近までは再び逆相になります。このため、基音70Hz以下の周波数でのSPLの低下、更には、2倍音と4倍音の間の200Hz近傍で大きなデップが生じることになります。
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