Isobaric方式スピーカの製作 〜SONYスピーカSS-M95HDのアップサイクル〜

1)  SONYスピーカSS-M95HDの印象

20年近く前の2007年に発売されたSONYの4inクラスの2wayバスレフ型スピーカSS-M95HDがあります。

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メーカのサイトによると、このスピーカの特長は、
•120mmの軽量で丈夫な「アラミド繊維製コーンウーファー」を搭載。
•カーボンEDツイータ、25mm径「カーボングラファイトコンポジット振動板」を採用。
•L字型のダクトの採用で、キレのあるパワフルな低音を再生。
•寸法:150Wx250Dx290H、重さ:4kg
とのこと。

以前、Amazonで評判の良い3inスピーカユニットPM-M0841CKを用いてフルレンジのダブルバスレフ方式のスピーカを作りました。このスピーカと音を比較すると、SS-M95HDの方が音圧は高いものの、違いがあまり感じられません。20年近く前のスピーカなので経年劣化はあるかとは思いますが、4inクラスの2wayバスレフ型としてはちょっと残念な印象です。

2) SONYスピーカSS-M95HDの周波数特性

SS-M95HDスピーカの実態を確認するために周波数特性を調べてみました。
音圧特性は、ツイーター軸上の30cmの位置でインパルス応答測定で求めました。

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周波数特性は、平坦とは言い難く430Hz、13,000Hz付近のディップ、並びに5,500Hz付近のピークが目に付きます。低域は60Hz程度(-3dB)から出ているようです。
ネットワークを外した状態でのツイーターの周波数特性を示します。

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このツイーターのインピーダンス変化は通常とはかなり違い、2,000Hz付近の共振周波数においても変化は僅かしかありません。ツイーター単独の軸上30cmでの SPL特性については、13,000Hz付近に深いデップが見られました。この特性は、測定したこのツイーターに固有のものではなく、もう一つのツイーターでも同じでした。
ネットワークを外した状態でのウーハー単独の周波数特性を示します。

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ツイーター軸上30cmでの 特性は、6,000Hz以下の周波数では、最初に示した総合周波数特性とあまり変わりません。

これらの結果から、SS-M95HDの総合周波数特性の変化は次のように解釈できます。
•5,500Hz付近のピークはウーハーのbreak-upピークであり、ネットワークのローパスフィルタが不適切なこと。
•13,000Hzに見られるディップはツイーターに起因すること。

経時劣化によるものなのか分かりませんが、この周波数特性を知ってしまうと、今後このスピーカを使用することは無さそうです。
ウーハーのエッジ等には劣化が見られないので、もう1セット用意して、かねてから興味があった「小さなエンクロージャーで低い周波数から再生できる 」というIsobaric(アイソバリック)方式のスピーカを製作してみたくなりました。

3) Isobaric方式エンクロージャーの設計

Isobaric方式には、幾つか種類があります。

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スピーカユニットの脱着が簡単にでき、しかもエンクロージャー内部に設けるIsobaric用密閉体積を小さくするために、
「MAGNET TO MAGNET」方式を採用しました。なお、Isobaric方式については、下記を参考にさせて頂きました。
https://tkm0730.wixsite.com/mysite/post/isobaric-subwoofer

エンクロージャーは、SS-M95HDよりも一回り大きい180Wx260Dx320Hとしました。この時のバスレフ相当体積は、エンクロージャー内部にIsobaric用の密閉空間や補強材を設けるので約7Lになります。

ウーハーはSS-M95HDの12cmアラミド繊維ウーハーをペアで使用します。これらのスピーカをパラレル接続にして、Isobaric用密閉チャンバー内が定圧になる様に内部配線します。
一方、カーボンEDツイーターは、前述のように13,000Hz付近に深いデップを生ずるため、馴染みの25.5mmソフトドームツィーターに変更しようと思います。

検討しているエンクロージャーの3Dモデルを示します。

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4) エンクロージャーの製作

エンクロージャーの素材は、ホームセンターで入手したラワンランバーコアを使用しました。エンクロージャー組み立て後、突板テープを木口に貼り見映えを良くしました。塗装は、下地を’赤との粉’で整えてから、’水性オイルステインのマホガニー’で着色して、’透明ツヤありウレタンニス’を三回塗り重ねて仕上げています。

製作したIsobaric方式スピーカの外観を示します。

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〈背面板を外した様子。Isobaric方式の背面ウーハーユニットが見えます〉

5) Isobaric方式の動作確認

Isobaric方式の動作が実現しているのかを、T/Sパラメータをもとに確認しました。
予めSS-M95HD単体のT/Sパラメータを測定しておきました。Isobaric方式でのT/Sパラメータは、今回製作したエンクロージャーを利用した簡易的な測定です。測定結果を下表に示します。

f:id:soundlabtune:20231006070418j:imageIsobaric方式では、理論的には Fsは変化せず、等価質量Mms は2倍、機械コンプライアンスCmsと等価体積Vasは1/2になります。測定値は、ユニット特性のバラツキや簡易T/Sパラメータ測定のためか、理論通りではありませんが、理論に沿った変化になっています。このため、製作したユニットペアでは、 概ね Isobaric方式の動作を実現できているものと思います。

このIsobaric方式のT/Sパラメータを用いて音圧シミュレーションを行ってみました。ポート共鳴周波数Fbを51.2Hzとした場合には、比較的素性の良い周波数特性が得られ、低音域は46Hz(-3dB)程度から再生できています。

実際にはどんな周波数特性になりますか、、、

6) 取付けたユニットの裸周波数特性

エンクロージャーにユニットを取付て、ネットワークの無い状態での裸特性を測定しました。

Isobaric方式 ウーハーのツイータ軸上30cm 前方での周波数特性を示します。

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インピーダンスのピーク位置は、オリジナルに比べて5〜15Hz程度、低域側に移動しています。
•SPLは、70〜1,500Hzで比較的平坦な音圧特性です。
•オリジナルに比べて、50〜70Hzの低音域では音圧が大幅に増加。50Hz (±3dB)くらいから再生できるようです。

更に、ツイータ のツイータ軸上30cm前方での周波数特性も測定してみました。

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•ツイータの共振周波数は1.500Hz。この周波数近傍で は、SPLは10dBほどの大きなピークが見られます。
•3,000Hz以上ではSPLは比較的平坦で、音圧はIsobaric方式のウーハーに比べて8dB程度高いことが分かります。

ネットワークのクロスオーバー周波数としては、ウーハーのブレイクアップピークと、ツイータの共振周波数近傍でのピークを極力避けるために、3,000Hzに設定しようと思います。

7) クロスオーバーネットワークの検討

ネットワークを検討するにあたり、SPLのインパルス挙動の解析にはUnsmoothed DFT freq. res.を用いました。クロスオーバー周波数を3,000Hzに設定し、クロスオーバーのターゲットスロープは4次のLinkwitz-Riley型(LR4)としました。

最終的なネットワーク回路図を示します。

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このときの、シミュレーションの総合周波数特性を示します。

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SPLは比較的平坦で、4dB程度の幅に収まっています。なお、このときの Revers nullは-25dB程度になりました。

8) ネットワークのボードへの実装

前回検討したネットワークの設計図に基づいて、6mmのMDFボードにハイパスフィルタ回路とローパスフィルタ回路を別々に実装しました。コイルは、特性値が合う手持ちのコアコイルを再利用し、また、一部コンデンサは容量調節のために並列で使用しました。素子の特性値は、全数測定しています。

完成したネットワークボードの外観を示します。手作り感が満載ですね。

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上:ハイパスフィルタ回路
下:ローパスフィルタ回路

9) Isobaric方式スピーカの総合周波数特性

完成した各ネットワークボードをエンクロージャー内部の背面板、及び底板に取付け、内部配線を行なって最終的な周波数特性を調べました。なお、エンクロージャーの振動を低減するために、シート状の制振材を天板内側に貼り付け、また、定常波の低減のために、シート状の吸音材を底面及び両側面下部に少し入れました。

ツイータ軸上30cm 前方での SPLの周波数特性の測定結果を示します。

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ほぼ設計通りのSPL周波数特性が得られました。オリジナルよりも50〜70Hzの低音域に於いて音圧が大幅に増加し、50Hz〜20kHzの周波数範囲で、およそ±3dBの比較的平坦な音圧特性になりました。また、Unsmoothed DFT freq. res. でのRevers nullは、設計通りの深いdipが得られています。

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ウーハーとポート由来のインピーダンスのピーク位置は、オリジナルに比べて5〜15Hz低域側に移動しています。また、クロスオーバー周波数近傍では、ネットワーク回路に起因して少し複雑な変化をしていますが、10Ω程度の値なので問題は無さそうです。

エンクロージャー正面のツイータ軸からの角度によるSPLの変化を調べて見ました。

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ツイータ軸からの角度が0°と15°では、SPLに殆ど変化はありませんが、30°になると、特に10kHz〜20kHz周波数帯域でSPLが大きく低下することが分かります。±15°程度の角度範囲であれば、スピーカ本来の実力が発揮できそうです。

10) Isobaric方式スピーカのまとめ

今回、一つのエンクロージャーにSONY製SS-M95HDの12cmアラミド繊維ウーハーを2個使用して、Isobaric方式のバフレフ型スピーカを作りました。

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エンクロージャーサイズは180Wx260Dx320Hと比較的小型ながら、再生可能周波数領域は50Hz〜20kHz(±3dB )と、低音域から高音域まで再生できるワイドレンジなスピーカに仕上がりました。

実際に音を聴いてみると、低音域から高音域までバランス良く音が出ています。特にジャズやポップスでは重低音が響きます。低音域、高音域ともに貧弱だったSONY製SS-M95HDスピーカを、Isobaric方式でアップサイクルできて良かったです。

このIsobaric方式のバフレフ型スピーカで、普段聴いているモーツァルトのピアノ協奏曲やクラリネット協奏曲、バッハの無伴奏バイオリンソナタなどを中心に、暫くのあいだジックリと聴き込んでみたいと思っています。

終わり